日本代表に足りなかったもの

長かったようで短かった南アフリカW杯日本代表が終わった。
多くの選手が「もっとこのチームで試合がしたかった」「ここまでチームワークの良いチームはもう出来ないかも知れない」と言ってた通り、戦術や選手の質に勝る何か、の一端を存分に見せつけてくれたチームだった。
あんなに選手が走って叫んで泣いてるチームなんて初めて観た。素晴らしいチームだった。



結果的にベスト16。それも2002年とは違いアウェー開催でのベスト16。これには非常に価値がある。これは素直に岡田監督に頭を下げたい気持ちだ。
もし仮にもっと良いチームを作ったところでグループリーグを突破できたかどうかは判らないだろうし、選手たちがここまで悔しさを感じたか判らないだろうから。過程はどうあれ、合格ラインと言われる結果を出した事については素直に評価したいなと思う。俺が何様かはさて置いて。


そして何よりも本田がスターになれたのは大きいと思っている。言動だけじゃなく、攻撃的意識、献身性、そしてフィジカルの重要性を身を以て説いてくれた彼がスターになる事は、間違い無く日本の未来に好影響を及ぼす。

みんながカズに憧れてシザースを連発したように、中田に憧れてスルーパスを通したように、俊輔に憧れてFKを練習したように。本田はFKも得点もスルーパスも、クライフターンまでやってしまった。過去のスター達の良い面を継承しつつ何よりも目的意識の大切さを示した。これは素晴らしい事だと思っている。




さて、日本の戦い方に目を移す。
試合内容は若干つまらないと言われがちなサッカーではあったけど、日本の場合、攻撃に重きを置く=守備をおろそかにするとなりがちなのでこれで良いような気がした。やはり守備が全ての礎になるのは今大会の勝ち抜けたチームを観ていても明らかだ。
DFラインは集中力、高さ、スタミナどれをとっても文句のつけようのない出来だった。
失点も結局スナイデルのミドルと疑惑のPKのみ。川島の好守もあったが、しっかりとやられての失点は最後まで観られなかった。



とは言え日本には圧倒的に攻撃力が足りなかった。
仕掛ける事をしなかったパラグアイ戦を咎める声は多いが、攻撃力が無いのにカウンター主体のチーム相手に仕掛ける事は相当なリスクを伴う。
守備に人数をかけてカウンターのリスクを抑えながら、本田が敵だらけの中に入ってしっかりとキープする事をアテにした、攻撃に関しては極めて本田に依存しきった戦い方をするしかなかった。

それでも形が出来ただけ儲けもので、そのキッカケになったあの親善試合イングランド戦は本当にラッキーだった。結局あの試合の問題点を洗い出し、そこに岡田監督のギャンブルを加えて形にしたのが本番だった。

ギャンブルに勝った事。これこそが岡田監督の唯一の功績だ。


自分のここ2年半の采配を完全否定して、ポジション経験の無い選手を軸にして1からチームを作り直すと言う大博打。恐らく最初の狙いは本田のゼロトップだったんだろうけど、松井がサイドとしての役割に終始した事、遠藤・長谷部が守備に追われた事、大久保が連動せずミドルを連発した事、そして結局は本田がCFとして覚醒を始めたため、殆ど普通の1トップだった。曲がりなりにも18個もプロチームがある国が本来取るべき方法ではない。


1ヶ月前に誰が本田がセンターフォワードとして覚醒して、カメルーンデンマーク、オランダ、パラグアイとの4試合中3試合でマンオブザマッチに輝くなんて想像しただろうか。
これはもう完全に本田個人の功績でしかない。これは流石に平山でも前田でも柳沢でも、また本人にもう一度やれと言われても確実じゃないだろう。


これこそが次への課題。
守備は良かったが攻撃は未だ運頼みだと言う事。
時折良いパス回しはあったが、あれを如何に狙って続けられるか。その為に今後は守備ベースを生かして何処まで攻撃にシフト出来るかが課題ではあるが、アンカーを除けて同じ安定感を維持し続けるのは難しいかも知れない。
例えばユーロではスペインの絶対的なアンカーとして存在したセナを排除し、逆に攻撃の安定感まで失ってしまっている。チームと言うのは相対的で実に絶妙なバランスで成り立っているのが良く判る出来事だった。

専門職は古い戦術として世界的に排除傾向にあるが、やはり要所には必要だろうし、役割を全うする事に関しては長けている日本には専門職と言いうのは向いている。
だから全てをモダンにシフトするのではなく、モダンなシステムの何が有効なのかを理解し、日本にあったシステムに落とし込めば良いんじゃないかと思っている。
そういう意味では戦術オタクよりも合理主義な監督が向いているのかも知れない。ヒディンクモウリーニョみたいなのが。


ところで、日本を安定させたのはアンカーシステムだと言うのは間違いないが、パラグアイ戦でアンカーの阿部を交代した後に極端にバランスが崩れたかと言うとそうではなかった。
あのアンカーシステムは後ろは任せられると言う攻撃意識の芽生えのキッカケに過ぎなかったのかも知れない。攻撃に人数を割きつつ守備意識を怠らないなんて真似も出来る可能性はある。
だとすればこれは日本人の技術的問題ではなく意識の問題だ。


守備に追われて攻撃出来ない、ではなく、リスクを感じても攻撃する意識を持つ。これは中田も言ってた事だ。
良く守るのは当たり前、良く守ってその上で攻撃にも転じる。更に言うと守備は守るだけではなく攻撃の起点だと言う事を理解して守る。
岡田ジャパンのコンセプトに、「キープ時間を長くして相手の攻撃機会をへらす」と言うものがあったが、そんな消極的なものではなく、相手に脅威とより多くの得点を生むための攻撃の起点。

オシムが狙っていたのは多分この辺りで、DFラインにパス能力の高い選手を配置していた。
つまりオシムは出来ない事は無い、と踏んでいた訳だ。



日本に何が足りないか。
それは役割だけでなく、サッカー全体に対する意識。攻守の意識、プレッシャーやリスクを負う場面での勝負する意識。
本田が「若い奴は海外に行くべきだ」と言ったのは確かにそう。
長谷部が「Jを観てくれ」と言ったのも同様だろう。

苦境に立ち、批判にさらされ、ギリギリで勝負してはじめて今求められている事以上のものを意識できる。W杯だけでは気付いた時に大会が終わってしまう。そしてまた4年間が流れてしまう。
だからこそ普段からその環境に晒されなくてはいけない。
そこで初めて「良く守れるチーム」から「強いチーム」へ進めるのだと思う。



日本代表W杯データ
ベスト
・総距離:464.52km(2位)
・フリーランニング:203.11km(1位)
・枠内シュート:27本(5位タイ)

ワースト
・パス成功率:60%(最下位)
・シュート数:46本(16強中15位)
・クリア成功率:9%(30位)